最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)75号 判決 1990年10月25日
大阪府東大阪市西石切町五―一―四三
上告人
国領薫
右訴訟代理人弁護士
乕田喜代隆
稲田堅太郎
須田滋
大阪府東大阪市永和二―三―八
被上告人
東大阪税務署長 岩坂弘
右当事者間の大阪高等裁判所昭和六三年(行コ)第六〇号過少申告加算税賦課決定処分取消請求事件について、同裁判所が平成二年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を破棄する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人乕田喜代隆、同稲田堅太郎、同須田滋の上告理由について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 橋元四郎平)
(平成二年(行ツ)第七五号 上告人 国領薫)
上告代理人乕田喜代隆、同稲田堅太郎、同須田滋の上告理由
原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり、破棄を免れない。
第一 資産所得合算制度を知らず、結果的に過少申告となった者に過少申告加算税を課することは、資産所得合算制度が不公正不公平を生み、法の下の平等に反するものとなっている現状からみて、過少申告加算税を課することは不公正不公平を助長するもので、その適用により法の下の平等に反することになるから過少申告加算税を課するべきではない。
一1 資産所得合算制度は昭和二六年に全廃されたが、再び昭和三二年に一定額以上の資産所得について合算課税が行われるようになった。
資産所得合算の趣旨について、昭和三一年臨時税制調査会の答申は次のように述べている。
「現行の個人単位の所得税制では、実体が同じでも法的構成を変え、所得者を多数とすることによって、合法的に所得税負担を軽くすることができるという不合理がある。すなわち…(ロ)世帯主の資産(例えば株式、土地、家屋等)の名義を世帯員の所有に変え、資産所得を家族の間に分割することによって、税負担を軽くすることができる。世帯員の資産所得は、名義のいかんを問わず、通常世帯主が自由に処分できるのがわが国の実情であって、単に名義を分割することにより、…負担の軽減となるのは不合理である。」
「資産所得については、世帯を課税の単位とする方が、生活の実態に即した課税となると考える。このような課税を行えば、資産の名義の分割等、表面上の仮装によって不当に所得税が軽減されることを防ぐことも出来よう。」
しかし、この考えは個人の所得に課税することを原則とする所得税法の理念に反し資産所得の有無で課税単位を異ならせるもので、憲法一四条の法の下の平等に反するものである。所得税はあくまで個人の所得に対する課税であって世帯に対する課税ではない。答申のごとく、所得の管理権、処分権に着目するのは、税務署による税法の恣意的解釈を招く危険がある。しかも、法人税は、法人所得の形式的帰属にもとづいて課税するのに対し、所得税の場合に実質的処分権にもとづいて課税するのは公正を欠くものである。
2 仮に、資産所得合算制度が支持されるとしてもそれは、所得について総合課税制度が維持されるなかで、実行性を有するのであって、現実の制度は、利子所得と一部の配当所得が分離課税となって、合算の対象からはずされ、また、利子配当の元本についても匿名や無記名制度が認められ、事実上対象から除外されている。
このように、資産所得がある者の間でも、資産合算については不合理かつ不公平な結果を生じており、法の下の平等に反するものである。
二 政府税制調査会の昭和六一年一〇月の「税制の抜本的見直しについての答申」は、資産合算課税制度について次のように述べて、廃止する方向を打ち出している。
「資産所得の合算課税制度は、生計を一にする特定の親族が有する資産所得(利子所得、配当所得及び不動産所得)を主たる所得者の所得に合算して上積税率によって課税するもので、これにより生活の実態に即した課税を行うとともに、資産所得の名義分割による累進課税回避を防止する趣旨から設けられているものである。
この制度をめぐっては、資産所得の恣意的な名義分割が行われる場合についてのみ適用すれば足りるのであって、婚姻前から所有している財産あるいは婚姻後に稼得した所得によって取得した財産から生ずる資産所得については、累進課税回避の意図が認められないことからこの制度の適用除外とすべきであるとする意見がある。これに対し、恣意的な名義分割の場合にのみこの制度を適用するとしても、資産所得の基因となった財産が婚姻後に自ら稼得した所得によって取得した財産であるかどうかを明らかにすることは、納税者にとっても税務当局にとっても極めて困難であるとする等の意見がある。
生計を一にする親族が営む事業については、既に、専従者給与の支給によって所得の分割が行なわれ、それを踏まえた課税が行われていること、恣意的な名義分割の場合についてのみ合算して課税するとしてもその判定が納税者にとっても税務当局にとっても極めて難しいこと、所得分布の平準化が進んでいること等を考慮すれば、この際、税制の簡素化の見地から資産所得の合算課税制度を廃止する方向で検討するのが適当であろう。」
上告人は右答申が述べるような恣意的に名義分割を行ったものでなく、毎年誠実に申告してきたものである。
三 以上のとおり、資産所得合算制度は、現実の適用において不公正、不公平を生じて、法の下の平等に反するものとなっており、税制調査会でも廃止を検討している。
上告人は、恣意的に所得分割を意図したわけでなく誠実に申告してきたものであって、本件においても不足税額及び延滞税は納付している。
このような法の下の平等に反する結果を生じている制度に基づく課税については延滞税はともかく、行政的制裁措置である過少申告加算税は課するべきではない。けだし、税法上の義務不履行があったとして制裁を加えるのは、不公正、不平等を助長するものとなるものであり、この制度の適用自体を、自粛すべきだからである。
第二 過少申告加算税にいう「過少申告」には、所得内容に問題はなく、ただ税額の計算を誤り納税額が過少となった場合は含まないと解すべきである。原判決は加算税制度は正確な申告を確保する目的を有するから税額の計算を誤った場合であっても過少申告加算税は課税されるという。しかし原判決の解釈は加算税制度の罰則的制裁的性格を過少に評価するものであって妥当でない。
一 加算税制度は、申告納税制度を確保するための制度として採用されたものである。すなわち「申告義務および徴収納付義務違反に対して特別の経済的負担を課すことによって、それらの義務の履行の確保をはかり、ひいてはこれらの制度の定着を促進しようとしたのが、加算税の制度である」といわれている。しかし他方租税罰則的な性格をもつものであることは否定できない。このような行政上の制裁を課するについて加算税の目的、性格からみて、過少申告加算税の場合、納税義務者の通常あり得べき過失によると認められる場合は課するべきではない。
二 過少申告加算税を課する場合、過少申告に至った理由経過等の事情について、次の二つに大きく分けられる。所得にかかわる事実に関して誤りがあり所得金額が過少となり、その結果、申告納税額が過少申告となった場合と、所得にかかわる事実に関して誤りはなく、所得は適正であり、ただ税額の計算を誤った結果、申告納税額が過少申告となった場合とである。両者を同列に論じるべきでない。
申告納税制度は、納税者自ら課税標準及び税額の基礎となる要件事実を納税者自身に確認させて申告させることに重要な意味がある。
従って、申告納税額が過少の場合に納税者の責任が問題になるとすれば、右所得の基礎となる事実の確認に際し誤りがあった場合には申告納税制度を維持発展させるうえで、制裁を課することにより義務の履行を確保する必要性が認められるが、所得の基礎となる事実は適正であり、ただ税額の計算を誤り結果として納税額が過少となった場合には、申告納税制度の根幹にかかわるものではなく、制裁を課する必要性はない。また税務署において容易に発見、是正できる。後者の場合には延滞税で十分である。
原判決は計算の正確性も納税者が責任を負うべきだとするが、申告所得内容に問題がない場合、その責任は延滞税で十分であり、それ以上の制裁として加算税を課する必要性はない。過少申告加算税にいう「過少」とは申告所得内容が過少である場合をいい、計算方法を誤っただけの場合は含まないと解するべきである。
本件の場合、資産合算課税制度という税額の計算方法を誤ったものである。
三 本件は上告人が税額計算の特例を知らずに合算課税の計算をしなかっただけに過ぎず、上告人の所得内容には何らの問題もなかったのである。このような税額計算を誤っただけに過ぎない場合は、過少申告加算税を課すべき「過少申告」には該らないと解するべきである。前述のごとく加算税制度が申告義務の履行の確保の目的で制裁を加えるものであると解されていることからみて、所得内容に何らの問題もなくしかも資産合算課税制度という例外的な課税計算を誤っただけでは、未だ制裁を課すべき申告義務違反はないというべきだからである。
第三 本件は国税通則法六五条四項の「正当な理由」がある場合に該当するから、過少申告加算税を課することはできない。
一 加算税制度
(一) 加算税制度の前身である追徴税制度は、昭和二二年の所得税法改正による申告納税制度の発足とともに採用された。
追徴税は無申告または過少申告等であったことについて「やむを得ない事由があると認められる」場合は課さないことになっており、昭和二二年主秘二八号通牒五八は、無申告、または過少申告の事実が納税義務者の故意または通常有り得べき過失以外の事由に基くと認められる場合に限り追徴税を徴収することとしていた。
(二) その後、シャウプ勧告にもとづき昭和二五年追徴税制度を廃止し、加算税制度を創設した。
昭和二九年に過少申告加算税額の計算において、過少申告であることについて正当な事由があると認められる部分については、過少申告加算税を課さないこととする改正が行なわれた。
さらに、昭和三三年に加算税の検討が行われ、当時の税制調査会において、過少申告加算税額、無申告加算税額の廃止、更正決定をするときは、申告遅延について加算税(延滞税)を課することが検討されている。
(三) 昭和三七年に国税通則法が制定されて現行加算税制度となり現在に至っている。
(四) 以上みてきたように追徴税、加算税制度は、申告納税制度を育成するための行政上の措置であり、その意味では過渡的措置であり、その見直し検討を行うことが求められている制度であることがいえる。
二 過少申告加算税における「正当な理由」の解釈にあたっても、右経過をふまえて考えるならば、単に納税者側に過失があるということのみで「正当な理由」がないというべきでないことは明白である。
「正当な理由」について、昭和二六年一月一日所得税基本通達六九六は次のような場合を正当な事由があると解していた。
イ 税法の解釈に関して、申告当時に公表されていた見解が、その後改変されたため修正申告をなし、または更正を受けるに至った場合。
ロ 災害又は盗難等に関し、申告当時に損失とするを相当としたものが、その後予期しなかった保険金、損害賠償金等の支払を受け、又は盗難品の返還を受けた等のため、修正申告をなし又は更正を受けるに至った場合。
ハ イ及びロのほか、真にやむを得ない事由があると認められる場合。
本件は右にいう真にやむを得ない事由に該当する事案である。
なお、納税者に税法に関する誤解や不知があるからといって「正当な理由」から全て排斥されるものでないことは、東京地方裁判所昭和五一年七月二〇日判決(訟務月報二二巻九号)が次のように指摘しているところである。
「納税義務者の法律の不知あるいは錯誤に基づくというのみでは、これ(正当な理由)にあたらないというべきであるが、必ずしも納税義務者の全くの無過失までをも要するものではなく、諸般の事情を考慮して過失があったとしてもその者のみに不納付の責を帰することが妥当でないような場合を含むものと解するのが相当である」
結局法の不知や誤解があっても、納税者がかかる誤解等をしたことにつき真にやむを得ない事情がある場合は「正当な理由」に該ると解されるのである。
本件は資産合算課税という例外的制度の、それも所得金額に何の問題もなく単なる税額上の計算に関する誤りだけが問われていることからみても、真にやむを得ない事由に該ること明白である。
三 過少申告加算税の税率は五%であったが、昭和五九年に税率は五%であるが、「増差税額が期限内申告税額または五〇万円のいずれか多い金額をこえる場合には、そのこえる部分の金額の五%に相当する金額が加算される」の項目が加えられ二段階制になった。さらに昭和六二年に税率が一〇%と倍増された。
これらの税率引き上げは制裁的な要素を強めるものである。これは従来から悪質な脱漏をたくらむ者に対する加算税の規定の見直しを図るとともに重加算税の税率に一歩近づけた各種加算税の税率の構築に向けての検討が言われて来たことに答えものである。
加算税制度は申告義務違反にたいして特別の経済的負担を課することによって、それらの義務の履行を図り、ひいてはこれらの制度の定着を促進しようとするものと解されているが、制裁を強化することによって加算税制度の目的が達成されるか疑問である。とりわけ過少申告加算税においては問題がある。
過少申告に至った事情はさまざまである。それらの事情を考慮することなく一律に課税することは、加算税の目的である申告納税制度を定着させ発展させることにはならない。このことは制裁的要素を強める改正によってより強く妥当するものとなった。加算税の改正が「悪質」なものに対処するために行われたのであるが、他方「悪質」とはいえない者にたいしてその事情を考慮することが求められる。
したがって、「悪質」とはいえない納税者を救済するものとして「正当な理由」の具体的な内容を解釈することが必要である。
加算税が申告納税制度の育成定着をめざすものとすれば、例外的、恩恵的に「正当な理由」がある場合に課されないというのではなく「正当な理由」がない場合に始めて課しうると解するべきである。
現行法令は複雑難解であり、一般市民が理解することが困難であることは広く知られていることである。従って、義務違反をもって形式的に加算税を課することは妥当でない。加算税における「正当な理由」の解釈により具体的妥当な解決をすべきことは、学者の指摘するところである。「通常人にとって適正な自主申告をすることは容易でなく、それを期待することすら困難である。このような現状下のもとで、税法上の義務の不履行を理由に、各種加算税を賦課し得るとしても、ストレートに賦課することのできない余地を思考せざるを得ない。おのずと、課税除外要件を定めている現行法のもとではそれを十分活用することによって、現状の欠陥をカバーせざるを得ないことになるであろう」(シュトイエル二〇〇号一三〇頁、宮谷俊胤『加算税に関する「正当な理由」について』)
そしてこれらの議論の前提として考えられていることは、所得額そのものが過少に申告されている場合であるが、その場合でも計算違いの場合から意識的に操作した場合まであらゆる事情が考えられ、そのいずれも同じく過少申告加算税が課税されるとすれば、決して納税者を公平平等に処遇していることにならず、加算税制度の目的にも反しよう。
本件は所得には何の問題もなく、計算の特例である資産所得合算を知らずに申告しただけであり、何ら「悪質」でもなく行政制裁を受けるべき事由にはあたらない。
本件は、通常人は知っていることの少ない資産所得合算の計算特例をしなかったものに過ぎず、所得には何の問題もない。資産所得合算の申告をすることを期待することは困難である。善良な納税者が法を知らずにミスをすることは避けられない。それを何等事情を斟酌することなく制裁することは止めなければならない。
四 原判決は確定申告の手引で、資産合算制度の制度ないし内容についておおよその理解をうるという。しかし納税者は送付されてきた申告書に、同封の「申告書の書き方」を見ながら書き込むのが通常である。前年度と所得の内容に何の変化もない時は尚更のことである。手引きを見ても3資産所得の合算課税を受ける人の場合(5ページ)という表題だけで、資産所得合算などという言葉を知らない一般納税者が見落としたとしても、何等責めることはできない。上告人は前年度と同じ所得項目であり、資産所得合算制度を知らず送付されてきた申告書によって申告したことは責められることではない。
本件において、上告人と妻が各々確定申告をすべきであると考えたことは、現行法制における理解としては間違いがなく、そのように考えたことについて無理はなく、何ら責められるものではない。上告人は原則にもとづき申告したものである。このような場合に、加算税を課することは不当もしくは酷ならしめるものであって「正当な理由」に該当するというべきである。
五 還付手続と「正当な理由」について
原判決は上告人が税務職員は「資産合算課税」に気付くはずであり、申告を訂正するだけですんだと主張したのに対し、上告人主張の諸事情を勘案しても「正当な理由」のある場合に該当しないこと明らかであると判示している。しかし、本件は資産所得合算制度が適用され、それに基づき課税されることが判明するのが、還付金の交付前であれば過少申告加算税は課税されないのに、還付金交付後であるため過少申告加算税が課税された事案である。しかも、税務署員は還付前に上告人と妻トシ子の申告内容を検討しているのである。
本件は還付される税金のある確定申告であり、被上告人は還付の手続きをしなければならない。そして還付手続きについて所得税法施行令第二六七条第四項は「税務署長は、第一項に規定する還付金に係る金額の記載がある確定申告書の提出があった場合には、当該金額が過大であると認められる事由がある場合を除き、遅滞なく、法第百三十八条第一項又は第百三十九条第一項若しくは第二項の規定による還付又は充当の手続をしなければならない。」と規定し、過大であると認められる場合は確定申告どおりの還付金を支払う必要のないことを規定している。
したがって、被上告人職員は右政令に従い上告人らの確定申告について「過大」の有無を調査し、上告人の確定申告の寄付金控除と、上告人妻国領トシ子の確定申告の生命保険料控除について誤りのあることを指摘している。そして、上告人の寄付金控除の訂正について昭和六一年四月一四日、妻トシ子の了承を得ており、同日同時に妻トシ子の生命保険料控除の訂正もトシ子から了承を得て、上告人の申告還付金九一万九二五二円に対し九〇万一二五二円の還付をしているのである。その時点で被上告人職員は上告人とトシ子が夫婦であって、上告人に一四六万二五〇〇円の配当所得が、トシ子に一二二万五〇〇〇円の配当所得があることを知っている。確定申告書には世帯主の氏名および世帯主との続柄を記載するようになっており、世帯単位の所得を調査、把握できるようになっている(乙五、六号証によればトシ子の申告書には入力不要と押印されてデータ表欄に捺印はなく、上告人の申告書のデータ表欄に担当者の捺印があるのは、世帯単位でデータの整理をしていることを示している)。課税上、世帯単位で把握する必要のあるのは資産所得合算制度による課税の場合であるから、本件のように上告人とトシ子に配当所得があることが明らかな場合、税務職員は還付にかかる「過大」の有無の調査において当然上告人と妻トシ子の申告内容について調査していなければならない。現に調査しているからこそ申告書の訂正をさせて申告にかかる還付金が過大であるとして訂正させて還付しているのである。
上告人と妻の申告書を見れば、税務専門家である税務職員は資産所得合算制度の適用される可能性に気付かねばならい。なぜならば、それは税額の計算の特例であり、申告書記載の所得金額、控除金額に基づいて計算出来るからである。そして検討の結果、資産所得合算制度にもとづき税額を計算して、そのうえで控除されなかった源泉徴収税額、予定納税額を還付すれば、過少申告加算税はもちろん附帯税は全く問題にならなかったのである。所得税法一三八条、一三九条は還付金を未納の所得税に充当することを認め、その場合「その還付金の額のうちその充当する金額については、還付加算金を付さないものとし、その充当される部分の所得税については、延滞税を免除するものとする。」(同条四項)と規定して、延滞税を課さず、したがって過少申告加算税も課税されないのである。
上告人が還付金の交付をされたのは六月四日であり、その間に前記調査は十分できたのである。しかるに被上告人職員は資産所得合算制度が適用されることを見落としたのである。そのため上告人は延滞税を課税されるという不利益を受けており、それ以上に行政的制裁である過少申告加算税を課するべきではない。
「正当な理由」の有無を判断するにあたって課税庁が調査において当然に判明すべきことを見落としている点を考慮すべきであり、他方納税者の税務計算についての能力の深度を考慮すべきである。資産所得に限って合算課税されるという例外的制度について、税務専門家はともかく一般国民のよく知るところではない。本件では上告人は原則計算にもとづき適正な申告をしており、税務署から送付された申告書に正確に記入して確定申告をしている。ただ資産所得合算制度という税額の計算の特例を知らず、それが重課措置であったため過少申告になったのである。
したがって、課税庁においては上告人とその妻の申告書を見れば資産所得合算制度により課税されることは判明するのであるから、還付の調査にあたってその旨を上告人に説明し申告を訂正させるだけでよかったのである。そして還付金でもって資産所得合算制度により計算された税額のうち未納分に充当して、その余を上告人に還付することで、上告人の昭和六〇年分の所得の調査は完結していたのである。
以上述べたように課税庁の還付に関する調査で当然判明しているはずの資産所得合算制度の適用を見落としたために、過少申告加算税が課税された事案であって、上告人の諸事情をも勘案すれば本件において過少申告加算税を課することは不当若しくは酷になる場合であるから、国税通則法六五条四項の「正当な理由」がある場合に該当するといわなければならない。
六 法の不知と「正当な理由」について
一般に法の不知が「正当な理由」に該当しないとされているのは、通常の納税者として相当な注意を払わずに、自分に納税義務が無いと勝手に思い込み申告を怠るとか、過少に申告した場合を想定しているのであって、法の不知に基く申告が常に「正当な理由」に該当しないというわけではない。納税者が一般市民としての健全な常識に基いて誠実に申告を行ったが、たまたま実定法と食い違ったために過少申告になった場合で、その申告が「真にやむをえない理由による」ものとして、行政上の制裁である加算税を賦課するのが「不当もしくは酷と思料される」こともありえよう。この点については、学説上も異論ないと思われるし、実務家からも指摘されており(品川芳宣『付帯税の事例研究』七三頁、吉牟田勲「過少申告加算税の課税除外要件としての『正当な理由』及び重加算税の課税要件としての『隠ぺい又は仮装』税務事例研究二号八、三〇頁)、またそうでなければ法が「正当な理由」という抽象的な救済規定を設けた意義が失われてしまう。一般に判例上法の不知や誤解に基く申告について「正当な理由」を認めた事例が少ないが、これは「正当な理由」と認められる事例については争訟以前に救済されているからである。本件の場合も、税務職員が税務専門家としての通常の注意さえ払っていれば、過少申告加算税が課される以前に問題なく処理されていたはずである。なぜなら、上告人は自己の確定申告書を妻の申告書と同一の封書にいれて提出しているのであって、しかも通常の申告書としては所得金額その他すべて正確に記入されていたからである。一般に税務職員は納税者から相談を受けなかったことまで調べたり、教示する必要は無いが、申告書から専門家として容易に判断できるものについては教示する義務があるといえよう。そうでなければ、加算税を取るために、納税者が誤解していることを知りながら、わざとそれを放置するという不合理なことが肯定されてしまうからである。本件の上告人及びその妻の申告書を受け取った場合、税務専門家である税務職員であれば少なくとも「資産所得合算課税」の「可能性」に気付くはずであり申告を訂正させるだけですんだのである。この点はすでに五、還付手続と「正当な理由」で述べたところである。
仮に被上告人のいうように、税務専門家でもそれが困難であるというなら、素人である上告人が自己と妻の申告内容を照合して資産所得合算制度の対象になるかどうかを判断するのはより一層困難である。実際、同制度の適用要件は複雑で、一般の市民には容易に理解できるものではない。しかも、所得金額が同じでも医療費(医療費控除額ではない)等の額が変動すると、合算か否かも変動してしまうのである。具体的にいえば次のようになる。
本人の総所得額が一三〇〇万円で、妻の資産所得が二五〇万円でも医療費負担額が五五万円(医療費控除額四五万円)かかった年は、資産所得合算の対象にはならないので通常の確定申告でよいことになる。この人が翌年全く同様に総所得金額が一三〇〇万円で、妻の資産所得が二五〇万円だった場合、当然昨年通り税務署から送付されてきた通常の確定申告書を提出するであろう。しかし、この年は医療費負担額が減り四〇万円(医療費控除額三〇万円)だったとすると、資産所得合算の対象となり、結果として、過少申告となってしまうのである。このような場合、税務署から送付されてきた申告書に正確に記載すること以上の複雑な計算に基づく申告を一般納税者に期待できるだろうか。
また、被上告人は納税者が税務相談すべきだったことを指摘するが、上告人は従来から確定申告をしており、それが問題にされたこともなく、またこの年度においても従来と特に変わったことがあったわけでもないのであるから、このような場合にはわざわざ納税相談に出かけないのも当然であろう。
なお、通常原則計算に対する特例措置は減免の場合が多く、このような場合には納税者の選択に委ねて、特例を知らなくとも原則計算で申告さえしていれば加算税の問題は生じない(納税者が優遇措置の適用を放棄したにすぎないことになる)。本件の場合は、この特例が例外的に重課措置であったため、原則計算としては適正な申告をしたにもかかわらず、結果として過少申告になってしまったものである。重要な事は、上告人が原則計算としては適正な申告をしていることであり、しかも税務署から送付された申告書に正確に記入して提出していることである。一般の納税者がとる行動としてはきわめて誠実なものである。このような誠実な納税者に対してまで加算税を課すと、かえって申告納税制度自体が納税者の不信を招くことに留意しなければならない。例えば、本件の場合、納税者は正確な課税資料を提出しているので、賦課課税方式にしてもらった方がよかったことになってしまい、申告納税制度は賦課課税制度よりも納税者にとって不利で、酷な制度となってしまうからである。申告納税制度は納税者の誠実さを前提としてはじめて成り立つ制度であるから、同制度の充実を図るために加算税制度があるなら、誠実な納税者を救済すべきであり、ここに「正当な理由」という救済規定が設けられた理由があるといわねばならない。
さらに付言すると、課税庁は税法を熟知し資産所得合算制度を適用して申告した納税者との不公平問題を指摘している。確かに、「資産所得合算制度」を適用して申告した納税者との間に徴収時期にかかわる(利子)の不公平問題があるが、これは延滞税で既に調整されているので、加算税を課すのはそれ以上の不公平がある場合でなければならないが、本件の場合にはかかる不公平を見出すことはできないことも重要である。いずれにせよ、本件上告人の納税者としての行動は一般市民としてきわめて誠実であり、申告納税制度が納税者の誠実さを基礎にしている以上加算税を課すことはできない事例といわねばならない。
第四 本件は更正を予知して修正申告したものと解することはできない。
修正申告はおよそそれをしなければ更正のなんらかのおそれがある状態で申告されているのである。国税通則法六五条三項が加算税を課さないとしているのは本人が自発的に修正申告することを促すものである。とすれば、同項の調査とは机上調査や準備調査は含まれず、調査に着手しただけの段階は含まれない。電話をしたことのみでは、未だ机上調査である。少なくとも単なる調査の着手に過ぎない。調査の着手があれば駄目というのでは、納税者自身が自発的に再検査することができない。調査以後でも自発的に修正申告がされることはありうるから、調査の着手は未だ自発を促すものである。
資産合算の場合で、申告にかかる所得金額等に何等問題はなく税額の計算を誤っただけの場合は、納税者に計算の誤りがあると通知しただけでは未だ机上調査の段階である。この場合も更正を予知してしたとすると、計算方法を誤っただけに過ぎない場合は、救済されることがなくなる。
本件修正申告は税務署員の電話をうけて自発的になされたもので、更正を予知してなされたものではない。
なお、上告人の六〇年分確定申告の寄付金控除について控除にあたらないとして電話があり訂正されている。このように法の不知で誤った申告をした場合でも訂正で済ましているのであって、これは税務署が税務運営方針で指導と調査の一体化をいい納税者の非違事項の摘出に終始せず適切な指導をして今後の自発的な正しい申告を促す方針を取っていることの現われである。
本件の場合、税務署から送付されてきた申告用紙を使用して申告したもので、申告内容には何ら問題はなく、税務署員は適切な指導をするべきである。